2020年8月27日木曜日

風見幽香は華とみる

 ◆n4RFV1m16wは2019年にデビューした新鋭のやる夫スレ作者だ。

長編の連載からキャリアをスタートした彼は、デビュー作「ワタシはファンタジーを否定する」(連載中)の週一投下を一年以上継続しながら、並行して短編も複数発表し、また「三題噺」という共用スレのプロジェクトも立ち上げている。

AA合成、とりわけ戦闘シーンにおける合成技術では、すでに高い評価を得ている。

今日、様々なスレで見られる斜め線による合成カットインは、彼の登場以前にはなかった手法だ。


◆n4RFV1m16wの初完結作品である「風見幽香は華とみる」は、戦闘シーンの専門家による、戦闘とは無縁の作品だ。

現代日本の花屋を舞台とするこの作品には、異世界から紛れ込んだ超能力者、世間の裏側で暗躍する秘密組織、超能力や現代兵器による戦闘、煙に巻くような会話で情報を引き出す駆け引き、こうしたスリリングな要素は全く登場しない。

先述のデビュー作を彩るエッセンスとは全く異なる香りを纏った作品なのだ。


優しくもハッとする花の匂い、上品で気の利いた香水。

主人公の風見幽香の持つ雰囲気は、彼女の経営する花屋、そしてこの作品の作風に共通するものだ。

12篇の連作短編で構成される本作で、風見幽香は、彼女が管理する花に向ける眼差しと同じものを、彼女が出会う人々に注いでいる。

彼女の店を訪れる人々は、様々な悩みを抱えている。人生のどこかのタイミングで、誰しも一度は抱える種類のものだ。

風見幽香は慎重に客の求める花を聞き出すと同時に、彼らが抱える悩みを引き出す。

風見幽香の持論は「いつの時代も花を贈るという行為は特別で、特別だからこそ、送る人の背景には様々な想いが見え隠れする。」というもので、花屋の営業活動としてはやや行き過ぎたこの行為は、彼女の趣味である。

もちろん彼女はプロフェッショナルとしての線引きは守っており、出過ぎた行為で客を不快にさせることはない。

彼女が花と共に渡すささやかで的確な助言は、あくまで助言であり問題を解決すべく行動を起こすのは常に当事者たちだ。


風見幽香の見守るような目線から描かれるこの作品は、読者自身がだれかに向けた同じ眼差しを思い出させる。

この作品を一話一話読み終える度に、どこか優しい気持ち、暖かな気分になれるのは、そのためだ。

そして、登場人物を見守る風見幽香自身も、他者に見守られている。

それは当初から彼女の配偶者であるロレンスの存在によって、明らかではあるものの、終盤、彼女自身が悩みの当事者として描かれたことで、よりはっきりとした輪郭を伴って、読者の前に提示される。

見守る側であった彼女が、見守られる側に転換することで、彼女の視点に移入していた読者も、まただれかに見守られていたことを再確認するのだ。


丁寧に織られた話と同様に、本作が描くAA情景も綿密に計算されている。

華やかな花のAAと組み合わされた店内の様子など、高いAA技術が本作でも発揮されている。戦闘描写ほど衆目に分かりやすくはないが、決して出過ぎずに、かつ、しっかりと作品を支えている。

風見幽香のスタンスもそうであるように、作品コンセプトが話と画双方で一貫しており、作者の巧みさが戦闘に留まらないことを我々に示す。


見守る優しさと見守られる暖かさ。

地に足がついた描写でこれらを語る本作は、日々駆け巡る扇情的なニュースや極端な言説を消費しながらも胸焼けしている我々に差し出されたハーブティーだ。

読後にはほっと一息ついたような気分になり、自分が見守るだれか、あるいは見守ってくれるだれかの顔をきっと思い出すことだろう。

労り労られ支え合う。優しさは我々自身にある。

そのことを再発見する物語だ。